「あ、やっぱりな」
診断を聞いたとき、最初に浮かんだのはその言葉だった。
家の空気は特別変わらなかった。泣き崩れることも、取り乱すこともない。
ただ、どこかで覚悟していたのだと思う。
海が壁にぶつかる回数は、明らかに増えていた。
以前から「老眼が進んでいる」と言われていたし、年齢的なものだろう。
けれど別の先生に診てもらったとき、水晶体の変形が確認された。
「現代の医学では治療法はありません」
「光も、ほとんど分からなくなっていると思います」
そう告げられたときも、驚きより「やはりそうか」という気持ちのほうが強かった。
海は壁にぶつかり、水を飲むことすら難しそう。
器の場所が分からず、鼻先で探りながら少しずつ確かめる。
見えていた頃には当たり前だった動作が、ひとつひとつ手探りになっていった。
幸いだったのは、失明前から家具の位置を固定してことだったと思う。
私はあまり模様替えをしないタイプだ。
そのため大きな家具はほとんど動かしていない。
海は頭の中の地図を頼りに歩いていたのだと思う。
だから私は決めた。
家具の位置は変えない、と。
まずやったのは、余計なコード類の排除。
床に這う延長コードや充電ケーブルなど、小さな段差になりそうなものは徹底的に見直した。
何よりも大切にしたのは、海の“地図”を守ること。
少々不自由はしていると思う。
それでも、周囲が特別扱いをしないせいか、海に大きな変化は見られなかった。
そして、そら。
そらは海を虐げることも、過度に気遣うこともなかった。
いつも通りに接していた。その変わらなさが、どれだけ救いだったか分からない。
海は今も自分のペースで歩き、自分のリズムで眠り、自分の世界を生きている。
だから私は決めている。引っ越しはしない。
この家で、海の世界を完結させる。
見えなくなっても、ここには海の地図があるのだ。
その地図を、これからも壊さない。

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